So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

宝福寺 [寺院]

滋賀県米原市の宝福寺です。

IMG_3407.JPG

本堂です。

浄土真宗本願寺の寺院です。

IMG_3404.JPG

宝福寺の太鼓楼です。

浄土真宗の寺院には太鼓楼があります。

滋賀県の寺院には特に多いです。

IMG_3408.JPG

二階は花頭窓です。
nice!(29)  コメント(2) 

満光寺 [寺院]

新城市下吉田町にある満光寺です。

IMG_3265.JPG

柿本城の麓にあります。

IMG_3226.JPG

柿本城主の鈴木長門守重勝が満光寺を創建しました。

重勝の娘は井伊真満の妻となり直親が生まれました。

元亀年間に武田信玄が三河に攻めてきたときに、徳川家康は満光寺に泊まっていました。

家康は住職に一番鳥が鳴いてたら起こしてくれるように頼んで休みました。

しかし、その夜に限ってニワトリが深夜に鳴き、住職は家康を起こして、家康はそのまま出発しました。

家康が出発するとすぐに武田軍が寺に攻めてきました。

こうして家康は九死に一生を得ました。

天下を取った家康はニワトリに寺領3石を与えて恩に報いました。

IMG_3266.JPG

道の駅で売っていた柿本城とろろまんじゅうを売っていました。

nice!(30)  コメント(1) 

相国寺 [寺院]

相国寺です。

臨済宗相国寺派の総本山です。

京都五山の一つです。

室町三代将軍の足利義満により夢窓疎石を開山として創建されました。

境内はとても広いです。

IMG_3065.JPG

総門です。

大きな薬医門です。

寛政9年(1797)に再建されました。

IMG_3064.JPG

勅使門です。

普段は閉められています。

IMG_3060.JPG

天界橋です。

勅使門と三門の間にある放生池に架かっています。

IMG_3059.JPG

鐘楼です。

一名「洪音楼」といいます。

IMG_3053.JPG

法堂です。

中には有名な蟠龍図があります。

豊臣秀頼の寄進により建てられました。

日本最古の法堂です。

IMG_3056.JPG

庫裏です。

IMG_3052.JPG

浴室です。

現在の物は平成14年に復元されました。

IMG_3048.JPG

経蔵です。

天明の大火によって焼失した宝塔の跡地に万延元年(1860)に建立されました。

nice!(45)  コメント(4) 

神泉苑 [寺院]

京都市中京区にある神泉苑です。

IMG_3027.JPG

延暦13年(794)桓武天皇が大内裏の南の沼沢を開いて設けた苑地です。

常に清泉が湧き出すことから神泉苑と呼ばれました。

IMG_3029.JPG

神泉苑の中にある東寺真言宗の寺院です。

IMG_3028.JPG

池の畔に鯉塚と亀塚がありました。

IMG_3030.JPG

赤い橋が風雅な感じです。
nice!(15)  コメント(0) 

本隆寺 [寺院]

京都市中京区にある本隆寺です。

IMG_2991.JPG

法華宗真門流の総本山です。

正式名は慧光無量山妙興隆寺です。

法華宗京都八本山の一つです。

IMG_2992.JPG

山門が修理中で参拝はできませんでした。
nice!(39)  コメント(0) 

猫寺 [寺院]

京都市上京区にある猫寺です。

IMG_2985.JPG

称念寺といい、浄土宗知恩院派の寺院です。

慶長11年(1606)に松平伊豆守信吉が建立しました。

IMG_2987.JPG

本堂です。

当寺に葬られた松平信吉の母が徳川家康の異父妹だったため三つ葉葵を寺の紋にしています。

IMG_2989.JPG

今も軒瓦には三つ葉葵が見られます。

三代目住職の頃は松平家と疎遠となり次第に荒廃しました。

三代目住職は猫好きでしたが、寺が貧窮しているのに猫が美しい姫に化けてのんきに舞を舞ったために怒り、猫を追放しました。

数日後猫が夢枕に立ち、松平家との復縁を取り付けたと報告しました。

猫のお陰で寺は立派に再興しました。

その後、寺は猫に感謝して猫の霊を厚く守護しました。

IMG_2988.JPG

本堂の前にある松は愛猫を偲び伏した猫の姿になぞらえて植えられたものです。

よく見ると猫に見えるかな。

称念寺はいつか「猫寺」と呼ばれました。

今も動物供養が行われています。

nice!(49)  コメント(0) 

釘抜地蔵尊 [寺院]

京都市上京区にある釘抜地蔵尊です。

IMG_2980.JPG

正しくは光明遍照院石像寺という浄土宗の寺院です。

釘抜地蔵またはくぎぬきさんとして親しまれています。

弘法大師の開基と伝えられもとは真言宗でしたが、重源上人が中興して浄土宗になりました。

IMG_2983.JPG

地蔵堂です。

地蔵堂に安置される石造地蔵菩薩は弘法大師の作と伝えられます。

もとは苦しみを抜き去ることから苦抜地蔵と呼ばれていましたが、それが訛って釘抜地蔵となりました。

一説には手の病気に苦しむ商人の夢に地蔵菩薩が現れて手に刺さっていた二本の恨みの釘を抜いて救ったことから釘抜地蔵と呼ばれたとも言われます。

IMG_2984.JPG

地蔵堂にはたくさんの釘抜がお礼として奉納されています。
nice!(35)  コメント(2) 

千本釈迦堂 [寺院]

千本釈迦堂です。

IMG_2971.JPG

京都市上京区にあります。

大報恩寺が正式名称です。

真言宗智山派の寺院です。

IMG_2973.JPG

本堂の釈迦堂です。

国宝です。

入母屋造、檜皮葺の建物です。

安貞元年(1227年)に建てられました。

意外にも京都市内では最古の建物です。

IMG_2974.JPG

蔀戸を備えるあたりも古さを感じます。

IMG_2978.JPG

おかめ塚です。

おかめは本堂の大工の棟梁であった長井飛騨守高次の妻です。

本堂を建てるときに柱を切り誤って困っていたところ、おかめが斗組を用いることをアドバイスしてうまく完成することができました。

しかし、妻の助言で完成したことがわかると知れてはと上棟式を前に自害してしまいました。

高次は妻の冥福を祈るため宝篋印塔を建て、福面を付けた扇御幣を飾ったと言われます。

全国のおかめ信仰の発祥地です。

IMG_2979.JPG

その後大報恩寺は大工の信仰を集めるようになりました。

nice!(31)  コメント(2) 

六角堂 [寺院]

六角堂は京都市中京区堂之前町にある寺院です。

IMG_2931.JPG

山門です。

天台宗の寺院です。

正式には紫雲山頂法寺と言いますが、本堂の形が六角形なので六角堂と呼ばれています。

IMG_2932.JPG

説明です。

聖徳太子が小野妹子とともに用材を求めるためこの地を訪ねた際に、池で水浴をしたとき持仏の如意輪観音像を置いたら像は重くなり動かなくなってしまった。

そして観音像は光明を発し、自分は七生にわたって太子を守護してきたが、今後はこの地にとどまり衆生を済度したいと告げたので、この地に用材を用いて六角堂を建てたのが始まりと言われます。

IMG_2936.JPG

聖徳太子ゆかりの太子堂です。

六角形をしています。

聖徳太子二歳像を安置しています。

回りの池が聖徳太子が水浴した池です。

IMG_2934.JPG

本堂です。

頂法寺と書かれています。

大きな堂ですが境内が狭いので六角形の形がわかりにくいです。

IMG_2938.JPG

こんな感じです。

六角形の形状がわかるでしょうか。

IMG_2947.JPG

本堂の前の提灯です。

IMG_2946.JPG

ヒヨコの御神籤です。

IMG_2948.JPG

水盤です。

六角堂と書かれています。

IMG_2941.JPG

へそ石です。

長岡京より平安京に遷都の時に六角堂が道路の中央に当たったために桓武天皇が祈願されたら御堂が自ら15mほど北に退かれたと伝えられます。

この石はその際に取り残された礎石と言われます。

かつては六角通りの中央にありましたが、明治時代に境内に移されました。

IMG_2950.JPG

六角堂の隣に池坊の本部があります。

聖徳太子の命により小野妹子が六角堂に花を供えたことが華道の由来とされています。

六角堂が池のほとりにあったことから「池坊」と呼ばれています。

六角堂の住職が池坊の家元を兼ねています。

nice!(25)  コメント(1) 

當信寺 [寺院]

宮城県白石市の當信寺です。

IMG_2710.JPG

本堂です。

IMG_2697.JPG

説明です。

慶長2年に青蓮社良益上人によって開山された浄土宗の寺院です。

片倉景広家の菩提寺です。

IMG_2705.JPG

片倉四郎兵衛守信(大八)と阿梅姫の墓です。

阿梅は真田幸村(信繁)の娘です。

大坂の陣で真田幸村が戦死すると遺児達は片倉小十郎が引き取りました。

阿梅は片倉重長の後妻に入りました。

左の如意輪観音の石像が阿梅の墓です。

片倉守信は真田幸村の次男大八です。

大八は片倉家に仕えて300石取りの仙台藩の藩士になっています。
nice!(33)  コメント(1)